心を研ぐ

 医学が進み、食事も豊かな時代となり、寿命が延びた。90歳になっても、元気な方が多い。日本で100歳を超える人は、1963年全国で153人だったが、2019年では7万人の時代になった。この傾向は、ますます高くなり、人生100年時代を迎えることも2045年と言われ、間もないところである。そうすると、これに対応した人生設計が必要となる。

 20代で仕事につき、30代前後で結婚して家庭を持って子育てをして、60で定年を迎え、年金で老後を送る人生が一般的であったが、この変更を余儀なくされている。定年後、100歳まで40年を生き抜くことはできない。そのためには、70歳.80歳まで働く意欲と体力や有形の資産を大切にすることだが、これ以上に無形の資産が大切だ。生涯を通じて複数の新しいスキルと専門技術を獲得し続けること、人生の途中で変化と新しいステージへの移行を成功させる意思と能力、肉体的・精神的健康や友人や家族との良好な関係は生活の基盤として重要だ。リンダ・グラットン(ロンドン・ビジネススクール教授)は、「ライフ・シフト」を表した。

 大学の校友会幹事の先輩方には、81歳、84歳、87歳の方がおられる。皆、意欲的な方々だ。ほかの方々も、原稿を書く、資格を取る、海外奨学金制度ボランティア、温泉探訪など前向きな方々ばかりだ。100年時代に向けて人生を送るには、年令に伴う肉体的若さの減退について工夫が大切だが、いかに気力を高め、モチベーションを維持するか、精神力を研ぐことが課題となる。

 私は、昨年、次の言葉を聞いた。

「50、60 はなたれ小僧、70、80 働き盛り、90になって迎えがきたら、100まで待てと追い帰せ」

 心留まる言葉だったので、メモするとともに、どのような人が言っている言葉だろうか、正確な言葉は何かを調べたところ、渋沢栄一の言葉だった。

 渋沢栄一は、「四十、五十は鼻たれ小僧、六十、七十は働き盛り、九十になって迎えが来たら、百まで待てと追い返せ」とのことだった。私が、聞いた言葉は、10歳プラスした内容となっていた。人生100年を迎えようとする時代を考えると、このアレンジが適切になっている。

 この言葉、「いい言葉だなあ」と思い、大切に心に刻んでいたところ、札幌の友人から彫刻家 平櫛田中の105歳のときの言葉が届いた。

「六十七十ははなたれこぞう おとこざかりは百から百から わしもこれからこれから」というものだ。大らかで、伸びやかな言葉に、おもわず笑いが込み上げてきた。およそ無理であろうが、こうありたいと思った。

 その友人が、サムエル・ウルマンの詩を送ってくれた。この方は、アメリカの詩人で80歳の誕生日に当たり、家族が出版したウルマンの詩集『80年の歳月から』の中に収められた詩の一つだ。短くしたので、原典にあたって欲しい。


青春

青春とは人生のある期間ではなく 心の持ち方をいう。

たくましい意志、ゆたかな想像力、もえる情熱をさす。

やすきにつく気持ちを振り捨てる冒険心

驚異にひかれる心、未知への探求心

頭を高く上げ希望の波をとらえるかぎり

いつまでも人は青春の中にいる。


 どこの国、いつの時代でも、「若さ」とは何かを問い、詩っている。

 ところで、このように我々は、青春の燃える想いを再認識して、さらなる人生を模索したいと思うと同時に、他方で、「騏驥、衰ふるや、駑馬、之に先だつ」(戦国策・斉巻第四、閔王、一五八、蘇子説齊閔王曰)という事実が眼の前に立ちはだかることも避けられない。87歳になり、自動車事故により若い母子の命を奪ってしまった高齢の人の立場になることは、絶対に回避しなければならない。燃える想いと駑馬となりつつある知力と身体能力とのせめぎ合いをどうするか、何を考え、どう行動するか、問われる。

 一つの考えは、人により差はあるが、ある年齢を境として、燃える想いと駑馬とを切り分ける。もう一つは、「青春の詩」をいつまでも歌い続け、駑馬とさせるのは、物事により区別する。私は、後者がよい。運転など外部へ危険が伴う肉体的ことがらからは退き、知的な仕事で重要な役割を担うことは、後進に委ねる。この時期をいつとするかは、職業や人により差が出てくるであろうが、80を過ぎたならば、じっくり検討すべき時になる。これに対し、外部に影響を与えない肉体的ことがらや精神的なことがらは、「百から百から」でよい。

 では、外部に影響を与えない肉体的行為とはなんだろう。ゴルフ、自作農園、料理、旅行、陶芸、音楽、たくさんある。外部に影響を与えない精神的活動は、何があるだろう。補佐役に徹する、原稿を書く、大学へ行く、研究する、これらは、いつまでも続けられるだろう。

 いつまでも心を研ぎ、燃える想いは、永遠に燃やし続け、駑馬と共に生き行く必要がある。

以上

2019.06.29(金)後藤正治記

2019.08.7追記