第90回判例研究会

月1回の判例研究会第90回は、2019/10/1に開催されて、判例時報2410~2414号から5判例がレポートされた。
内1件は、弁護士が高齢の原告の代理人として訴訟を提起したが、後に原告が重度の認知症に罹患しており本件訴訟を自ら提起していることすら理解していないことが発覚し、訴えが不適法却下されたうえで訴訟費用を弁護士の負担とした事例である(さいたま地越谷支判H30.7.31)。弁護士は、高齢者の財産を巡る紛争の渦中に入ることになるが、受任の際、窓口になる親族と距離をおいて、高齢の委任者本人の能力の存否と意思を的確に判断する必要がある。本件事例は、弁護士に対する警告判例である。
別の1件は、カーナビが表示したルートに従って車両を運転したところ、当該ルートの道幅が狭く、せり出した草木と接触して車両が損傷したので、カーナビ製造業者と地図業者に対し、製造物責任法等に基づき修理費等の損害賠償を請求した事案である。裁判所は、カーナビは運転者の判断を補助するものに過ぎず、ルート案内された道路を走行するか否かは、運転者が自ら判断すべきものであるとして、請求を棄却した(福島地判H30.12.4)。現在の自動運転の能力は、レベル2が到来したと言われ、車の安全装置は人を補助するもので、人に代替するものではない。従って、この判断は正当なものである。しかし、レベル3、4、5と完全自動運転に向けて高度化・進化しつつある現状下、だいぶ先ではあろうが、変更を余儀なくされる裁判例になると思料される。
そのほか、実態と異なる賃金算定方法を定めた就業規則の適用の可否、深夜割増賃金を基本給に含めるとの合意の成否等の、多様な争点のある労働事件(福岡地判H30.9.14)などが報告された。

第89回判例研究会

月1回の判例研究会第89回は、2019/9/2に開催されて、判例時報2405~2407、2409号から4判例がレポートされた。
内1件は、婚姻費用分担審判において、原審と抗告審の意見が分かれた事案である。婚姻費用は、相手方の収入によって金額が算定されるところ、婚姻前から所持していた財産(特有財産)から発生する配当金や不動産所得が相手方の収入に加算されるかが争点となった。原審は加算されないとしたが、抗告審は「特有財産からの収入であっても、これが双方の婚姻中の生活費の原資になっているのであれば、相手方の収入に加算される」と判断した(大阪高決H30.7.12)。財産分与では特有財産は対象にならないが、婚姻費用の計算は異なるというもので、注目される事例である。研究会においては更に相手方が資料開示に消極的である場合の対応について議論した。
別の1件は、90代男性が所有地を数十年前から親族に無償で貸し、親族が建物を建てて住居として使用していたところ、90代男性が土地を突然売却し、買主が親族に対し住居を収去して土地を明け渡すよう求めた事案である。無償の土地使用は、土地売買後は買主に権利として対抗できず、明渡しが認められるのが原則である。しかし、本件では、買主は、年相応に判断能力が低下した売主に対し、親族から住居建物を1億円で買い取ると説明しており、これを信じた売主は時価2億6000万円超の土地を6000万円台という破格の値段で売却した。しかるに買主は、建物買取を親族に提案することなく、巨額の経済的利益を保持したまま、2000万円を要する建物収去と、土地の明渡しを親族に求めたのである。裁判所は、原告の請求は権利の濫用により許されないとした上で、1億円の支払と引き換えならば土地の明渡しを認めるとした(東京高判H30.5.23)。6月の研究会でも不動産の暴利売買の事案が報告されており、注意が必要な時勢である。

第88回判例研究会

月1回の判例研究会は、2019/7/23で第88回となる。判例時報2400~2403号から4判例がレポートされた。
1事例目は、郵便関連業務に従事する期間雇用社員について、満65歳に達した日以後は労働契約を更新しない旨の就業規則の定めが労働契約法7条にいう合理的な労働条件を定めるものである等と判示(最判H30.9.14)。
2事例目は、73歳の高齢の被告人が普通乗用自動車(軽四輪)を運転中、宮崎市中心部の多数の車が往来する道路の歩道上を670mに渡って暴走して通行人6名に衝突させて死傷させた刑事事案である。この事故は、マスコミでも多く取り上げられたものであるが、検察側提出の「てんかんが事故原因」という鑑定意見が排斥され、認知症による事故であることが否定できないと判断し(宮崎地判H30.1.19)、注目された事例として報告された。
3事例目は、Aは、自動車購入にあたり自己名義では生活保護受給ができなくなると考え、弟Yに名義貸与を依頼して弟Yは承諾した。Aは、これにより自動車を購入したところ、事故を起こした。Aは、任意保険には未加入だったので、被害者XはYに対して、Yは自賠法3条の運行供用者に当たるとして請求。岡山地裁は、これを認めたが、広島高裁では認めなかった。最高裁は、広島高裁の判断を破棄して、差し戻した(最判H30.12.17)。逆転、逆転の判断となったが、研究会では、広島高裁の判決は、バランスに欠ける判断との意見で一致した。
4事例目は、共同相続人間においてなされた無償の相続分譲渡が民法903条1項で規定する贈与に当たるか、いう問題である。この事案に対して、高裁レベルでは、肯定説と否定説とがあった。否定説は、本事例の原審東京高判H29.6.22であり、肯定説は、別の高裁民事部(東京高判H29.7.6)などであった。このため最高裁判断が待たれていたところ、最判H30.10.19は、肯定する立場となった。相続における公平な配分を考えると、正当な判断である。なお、研究会では、贈与税の取り扱いは変わるだろうかとの質問がでた。この点については、遺産分割協議において、遺産を取得しない者がいる事例との対比、民法903条1項における特別受益としての贈与と民法549条における贈与とは、同一ではない、ことを理由として贈与税は課税されないではないか、の意見が多かった。

第87回判例研究会

月1回、外部弁護士を含め判例研究会を行っている。2019/6/24で第87回となる。判例時報2396~2399号から4判例がレポートされた。内1件は、兄妹間の争いであり、老人ホームに入居した両親と妹が面会をするのを兄が妨害することについて、被保全権利を「両親に面会する権利」として、妹が兄と老人ホームに対し妨害禁止仮処分を申立て、これが認められた事例(横浜地決H30.7.20)であった。ほかにも、認知症患者が行った低廉な任意売却について暴利行為による契約無効を主張して認められた事例(東京高判H30.3.15)など法的構成が参考となった。これらの判例につき、メンバー間で活発な意見交換がなされた。

老人の再婚

 医学が発達して、ポリオや天然痘は根治できた。ガンなど治せなかった病気も治療できるようになった。エイズのような病気も出てきたが、その治療研究はめざましいものがある。アフリカでは、食糧危機で多くの子どもたちが死亡している国もあるが、日本では幸いに豊かだ。自給率30パーセントとはいっても食料品の輸入量は膨大で食品の品数はもとより品質も高い物が食卓にあがる。栄養も豊富になった。上下水道も完備し、生活環境も清潔である。こうして日本の平均寿命は、次第に高くなり、今は、男性81.25歳、女性87.32歳(2018年度)が平均寿命となった。高齢化社会が叫ばれて久しいが、まさに、日本は、高齢化の一途をたどっている。人が高齢化すると、次第にぼけるとか、仕事ができなくなって収入をどうするか、とかいろいろな課題が出てくる。

 「おまえ100まで、わしゃ99まで」というくらい夫婦が二人とも長寿を長らえれば、幸せだ。子育てを終わり、夫婦で旅行や社交ダンスを楽しむほほえましい夫婦をみるが、老後の充実した生活は夫婦健在により生まれる。しかし、夫婦が二人とも長寿を全うできるのは、少なくなる。男性の寿命と女性の寿命に差があるし、病気や事故による不慮の死は避けられないからである。そして、高齢化社会が進行してくると、ますます、一方が生き残る率が高くなっていく。

 50歳を越えて1人となった場合、平均寿命81.25歳から考えるとまだ31年もある。31年間も一人で生活するとなると、暗澹たる気持ちになることは、理解できる。60歳でも21年間はあり、自分は平均寿命より長くいきるだろうと考えるのが、人の常のようだから30年以上も一人で暮らすのは、いやだなと考える。そこで、再婚と相成るわけだが、子どもたちの反対も多くなる。父親の面倒を見るのもいやだが、後妻が入り、財産が後妻に流れるのもいやだと言うわけだ。これでは、残された父親はたまらない。まあ、さっさと再婚するさ、と思う。ただ、婚姻届を出さない通い婚と言うのも最近、多くなっているようだ。男性女性ともに以前からの生活があり、互いに、これを壊すこともできない。かといって終生一人というのも寂しいと言うわけで互いに親族友人などに公開した上で交際するわけだ。こういう間柄もよいことだ。

 ところで、70歳を過ぎ、また、80歳近くになって一人身となり、再婚する人もいる。理由は、同じようなものだ。70歳でも婚姻できる男性は、なかなかいないだろう。ゴルフでたまたまご一緒した方が80才近い方で、昨年結婚されたばかりだと言う。「来年あたりは、おめでたの話がありますね」と、こちらも冗談交じりに話したら、「連れの方は55才で、子どもは無理だな」と、明るく、本気な返事が返ってきた。このように結婚できる幸福者は、地位も財産もある方となろう。

 さて、このような場合、婚姻届をして僅か1年、2年で当の男性が死亡する事態に至ることも多くなる。民法では、妻はいつも相続人であり、子どもがいる場合には子どもと妻で半分の相続分があり、子どもがいない場合には、妻が4分の3、兄弟姉妹が4分の1となる。婚姻届け出後翌日で死亡してしまっても財産は、妻に半分いくことになる。

 このような結果を考えて、遺言を作って結婚するご老人もいる。結婚に先立ち子どもたちに対し、財産を相続させる旨の遺言を作るわけである。もっとも、結婚すれば、後妻に遺留分があるから遺言ですべては決まらない。いずれにしても、考える能力のある人は、遺言を作ったり、そのほか生前贈与を考えたりして、財産のバランスある分配を考えるが、多くの人の場合、遺言を作ったりしないで自分の感情の思うまま結婚に至る場合が多い。一人でいるのはいやだ、結婚するんだとばかりに結婚していくわけである。だいたい、賢明な人の場合、紛争など縁が少なくなるが、多くは法律など知らない人が多いのだから、紛争も出てくると言うものだ。

 私が受任したケースは、35年連れ添った妻を亡くした68才の男性が2年後70才で再婚し、婚姻届をしないと息子たちに約束したが、婚姻届をして2年後に死亡した事例であった。当然、後妻に相続権は2分の1あることとなる。息子は、怒った。母親は、65歳でなくなったが、父の人生の多くを支えてきた。自分の母親の貢献、寄与はどうなるのか。夫婦が健在の場合、ともに買った財産は夫婦共有である。離婚の場合には財産分与があり、夫が先に死亡した場合には、その妻には2分の1の相続権がある。これらは、ともに作ってきた財産の清算をすることにあるが、母親が先に死亡したとたんに全くの無価値になってしまうのか。後妻に、これらの権利が全て行ってしまうのか、である。

 私は、もっともだと思う。もとより、後妻の方に財産をやらなくて良いというのではない。何が公平かの問題であり、先妻が貢献して築き上げた財産を後妻に相続させて良いか、どのくらいの額が後妻に相続として承継させて行くべきかの問題である。

 この件は、法廷で争われた。私は、次のような主張を行った。夫名義の財産は、確かに夫名義であるが、亡くなった妻の功績が多く、無くなった妻の相続分が含まれている。この部分は、2分の1であり、後妻の相続分の対象の相続財産から除くべきである。先妻の寄与分は、先妻が死亡したことから直ちに無くなるべきではない。このように先妻の財産形成寄与部分を夫の相続財産から除いても後妻の期待を裏切らない。そのほか、種々主張した。本件では、最高裁に上告したが、私の主張は、採用されなかった。しかし、高齢化社会が進行していく中で、80才の男性が長く連れ添った奥さんに先立たれ、再婚し、1年くらいで死亡した場合、夫の全財産を対象に文字どおり2分の1の相続権が認められるべきとは、思えない。高齢化社会になって、法改正も考慮しなければならない条文の一つであろうと思う。

 亡くなった当のご本人は、なんとこの紛争を眺めているだろうか。我々は、公平な配分が相当と思い、この条文の行方を見つめたい。

1995.2.18(土)後藤正治 記

2020.2.28(金)追記