第95回判例研究会

 第95回の最新判例研究会(判例時報2423-2426)は、2020/6/26、久々の開催となった。新型コロナウイルスの影響で、3、4、5月の判例研究会は中止となっていたが、緊急事態宣言も解除され、まだ、予断を許さない状態であるので、ズームによる参加を受けての開催となった。

 第1例 懲戒解雇無効確認等請求事件の被告会社の申請した従業員に対する証人尋問において、被雇用者の代理人弁護士のした反対尋問における発言が当該証人の名誉を毀損すると争われた事例において、第1審では否定、控訴審で100万円を認容した事例(東京高判H30.10.18)。熾烈な訴訟を展開していく過程において、尋問がエキサイトする場面がある。当事者以上に代理人が過激になることを戒められた事例である。

 第2例 18歳前後の遊び仲間の少年4人のうち1人が、他の3人の悪ふざけで琵琶湖のヨットハーバーの突堤から湖水に突き落とされて溺死した事例。前記3人の共同不法行為責任が認められたが、同人らの親権者に対する民法709条の不法行為責任が否定された事例(大津地判H31.3.14)。中学生、高校生の親権者に対する請求事例において、どのような事実があれば認められるか、具体的事案をとおして判例が積み上げられていくので、参考になる判例である。

 第3例 成年後見人が被後見人の財産を不正に流出させた事案に関し、家事審判官には選任及び監督権の行使または不行使につき国家賠償上の違法はないとされた事例(東京地判H30.5.18判決)。本事例は、後見人が81歳の時に選任され、被後見人には多額の財産があったこと、使途不明金も多額であった。選任及び選任後の過程において、相当問題がある事例なので、家事審判官に対し、責任を認めても良いではないかの疑問が残る事例であり、翻って、弁護士が近時、後見監督人となることも多く、後見人に不正行為があり、これを看過した場合、責任を負う場合がでる。自らが不正行為をしなくても、監督責任を負うことには、難しい問題を孕むものとの意見交換になった。

 第4例 有期契約労働者と無期契約労働者との労働契約の相違について、年末年始勤務手当、住居手当、夏季冬季休暇に関する相違は、不合理とされた事例(東京高判H30.12.13)を検討し、同一労働同一賃金につき議論した。

第93回判例研究会

月1回の判例研究会第93回は、2019/12/23に開催、「証拠の収集と効果的な提出~損害賠償請求を中心に~」のeラーニングで、プロジェクターを使用した講演の受講となった。終了後は、証拠の収集とその提出につき意見交換を行った。
第94回は、2020/1/24に開催、判例時報2419~2422号から4判例が報告された。うち1件は、病院に入院中の患者が、病室において、何者かにより、カニューレにティッシュペーパーを詰められ、心肺停止となって発見された事故である。地裁において、「加害の故意を持って本件行為を行った」との請求が棄却されたが、高裁において「看護師ないしは医療従事者が本件カニューレ・周囲の汚染を防止する等の目的でティッシュペーパーを使用した後、漫然とこれを除去することを失念して放置した過失による不法行為」の主張に変更され、これが認容されたものである(大阪高裁H30.9.28)。故意行為から過失行為に高裁段階で請求原因の変更を行ったことの重要性を改めて認識したことなどが議論となった。別の1件は、夫婦の一方が、配偶者の不貞相手に対し、不貞行為から受けた精神的損害ではなく(時効成立のため)、4年後に離婚したことの精神的損害について慰謝料を請求した事案である。地裁、高裁においては、Xの請求を一部認容したが、最高裁は、当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情があるときに限られるとして原判決を破棄、請求を棄却した(最判H31.2.19)。研究会においては、さらに、離婚案件の慰謝料の相場が低下傾向にあるのではないかという肌感覚について議論された。

第91~92回判例研究会

月1回の判例研究会第91回は、2019/10/31に開催された。趣向を変えて、家庭の法と裁判No14〜17号から7判例がレポートされ、親族法を集中して研鑽した。
第92回は、2019/11/25に開催され、判例時報2415~2418号から4判例が報告された。1件は、歯科医院が、Googleに対し、Googleマップに掲載されたクチコミにより人格権が侵害されたとして、クチコミを削除する仮処分を求めた事案である(東京高決H30.6.18)。虚偽の事実を記載した投稿は削除が認められたが、不満を述べる感想は削除が認められなかった。患者ごとのオーダーメイドであるという歯科治療の特性、ウェブサイトへの書込みは国民の表現の自由や知る権利の保障に関係すること、Googleには実質的反論が困難であることを考慮すると、歯科医院側は、このような投稿については、ある程度受忍していくことが社会的に求められているとされた。クチコミに関する相談は増加傾向にあり、削除をしない場合の善後策に関して参加者間で協議した。また、1件は、大学病院において、開院当時の人員不足を補う目的で、任期1年で雇われた臨時職員が、30年以上ほぼ賃上げのないまま契約更新されたことに対し、「期間の定めがあることによる不合理な労働条件」であるとして正規職員との賃金差額を請求した事案である(福岡高判H30.11.29)。研究会においては、改正パートタイム・有期雇用労働法が2020年4月1日施行される点についてもフォローされた。

第90回判例研究会

月1回の判例研究会第90回は、2019/10/1に開催されて、判例時報2410~2414号から5判例がレポートされた。
内1件は、弁護士が高齢の原告の代理人として訴訟を提起したが、後に原告が重度の認知症に罹患しており本件訴訟を自ら提起していることすら理解していないことが発覚し、訴えが不適法却下されたうえで訴訟費用を弁護士の負担とした事例である(さいたま地越谷支判H30.7.31)。弁護士は、高齢者の財産を巡る紛争の渦中に入ることになるが、受任の際、窓口になる親族と距離をおいて、高齢の委任者本人の能力の存否と意思を的確に判断する必要がある。本件事例は、弁護士に対する警告判例である。
別の1件は、カーナビが表示したルートに従って車両を運転したところ、当該ルートの道幅が狭く、せり出した草木と接触して車両が損傷したので、カーナビ製造業者と地図業者に対し、製造物責任法等に基づき修理費等の損害賠償を請求した事案である。裁判所は、カーナビは運転者の判断を補助するものに過ぎず、ルート案内された道路を走行するか否かは、運転者が自ら判断すべきものであるとして、請求を棄却した(福島地判H30.12.4)。現在の自動運転の能力は、レベル2が到来したと言われ、車の安全装置は人を補助するもので、人に代替するものではない。従って、この判断は正当なものである。しかし、レベル3、4、5と完全自動運転に向けて高度化・進化しつつある現状下、だいぶ先ではあろうが、変更を余儀なくされる裁判例になると思料される。
そのほか、実態と異なる賃金算定方法を定めた就業規則の適用の可否、深夜割増賃金を基本給に含めるとの合意の成否等の、多様な争点のある労働事件(福岡地判H30.9.14)などが報告された。

第89回判例研究会

月1回の判例研究会第89回は、2019/9/2に開催されて、判例時報2405~2407、2409号から4判例がレポートされた。
内1件は、婚姻費用分担審判において、原審と抗告審の意見が分かれた事案である。婚姻費用は、相手方の収入によって金額が算定されるところ、婚姻前から所持していた財産(特有財産)から発生する配当金や不動産所得が相手方の収入に加算されるかが争点となった。原審は加算されないとしたが、抗告審は「特有財産からの収入であっても、これが双方の婚姻中の生活費の原資になっているのであれば、相手方の収入に加算される」と判断した(大阪高決H30.7.12)。財産分与では特有財産は対象にならないが、婚姻費用の計算は異なるというもので、注目される事例である。研究会においては更に相手方が資料開示に消極的である場合の対応について議論した。
別の1件は、90代男性が所有地を数十年前から親族に無償で貸し、親族が建物を建てて住居として使用していたところ、90代男性が土地を突然売却し、買主が親族に対し住居を収去して土地を明け渡すよう求めた事案である。無償の土地使用は、土地売買後は買主に権利として対抗できず、明渡しが認められるのが原則である。しかし、本件では、買主は、年相応に判断能力が低下した売主に対し、親族から住居建物を1億円で買い取ると説明しており、これを信じた売主は時価2億6000万円超の土地を6000万円台という破格の値段で売却した。しかるに買主は、建物買取を親族に提案することなく、巨額の経済的利益を保持したまま、2000万円を要する建物収去と、土地の明渡しを親族に求めたのである。裁判所は、原告の請求は権利の濫用により許されないとした上で、1億円の支払と引き換えならば土地の明渡しを認めるとした(東京高判H30.5.23)。6月の研究会でも不動産の暴利売買の事案が報告されており、注意が必要な時勢である。