第91~92回判例研究会

月1回の判例研究会第91回は、2019/10/31に開催された。趣向を変えて、家庭の法と裁判No14〜17号から7判例がレポートされ、親族法を集中して研鑽した。
第92回は、2019/11/25に開催され、判例時報2415~2418号から4判例が報告された。1件は、歯科医院が、Googleに対し、Googleマップに掲載されたクチコミにより人格権が侵害されたとして、クチコミを削除する仮処分を求めた事案である(東京高決H30.6.18)。虚偽の事実を記載した投稿は削除が認められたが、不満を述べる感想は削除が認められなかった。患者ごとのオーダーメイドであるという歯科治療の特性、ウェブサイトへの書込みは国民の表現の自由や知る権利の保障に関係すること、Googleには実質的反論が困難であることを考慮すると、歯科医院側は、このような投稿については、ある程度受忍していくことが社会的に求められているとされた。クチコミに関する相談は増加傾向にあり、削除をしない場合の善後策に関して参加者間で協議した。また、1件は、大学病院において、開院当時の人員不足を補う目的で、任期1年で雇われた臨時職員が、30年以上ほぼ賃上げのないまま契約更新されたことに対し、「期間の定めがあることによる不合理な労働条件」であるとして正規職員との賃金差額を請求した事案である(福岡高判H30.11.29)。研究会においては、改正パートタイム・有期雇用労働法が2020年4月1日施行される点についてもフォローされた。

第90回判例研究会

月1回の判例研究会第90回は、2019/10/1に開催されて、判例時報2410~2414号から5判例がレポートされた。
内1件は、弁護士が高齢の原告の代理人として訴訟を提起したが、後に原告が重度の認知症に罹患しており本件訴訟を自ら提起していることすら理解していないことが発覚し、訴えが不適法却下されたうえで訴訟費用を弁護士の負担とした事例である(さいたま地越谷支判H30.7.31)。弁護士は、高齢者の財産を巡る紛争の渦中に入ることになるが、受任の際、窓口になる親族と距離をおいて、高齢の委任者本人の能力の存否と意思を的確に判断する必要がある。本件事例は、弁護士に対する警告判例である。
別の1件は、カーナビが表示したルートに従って車両を運転したところ、当該ルートの道幅が狭く、せり出した草木と接触して車両が損傷したので、カーナビ製造業者と地図業者に対し、製造物責任法等に基づき修理費等の損害賠償を請求した事案である。裁判所は、カーナビは運転者の判断を補助するものに過ぎず、ルート案内された道路を走行するか否かは、運転者が自ら判断すべきものであるとして、請求を棄却した(福島地判H30.12.4)。現在の自動運転の能力は、レベル2が到来したと言われ、車の安全装置は人を補助するもので、人に代替するものではない。従って、この判断は正当なものである。しかし、レベル3、4、5と完全自動運転に向けて高度化・進化しつつある現状下、だいぶ先ではあろうが、変更を余儀なくされる裁判例になると思料される。
そのほか、実態と異なる賃金算定方法を定めた就業規則の適用の可否、深夜割増賃金を基本給に含めるとの合意の成否等の、多様な争点のある労働事件(福岡地判H30.9.14)などが報告された。

第89回判例研究会

月1回の判例研究会第89回は、2019/9/2に開催されて、判例時報2405~2407、2409号から4判例がレポートされた。
内1件は、婚姻費用分担審判において、原審と抗告審の意見が分かれた事案である。婚姻費用は、相手方の収入によって金額が算定されるところ、婚姻前から所持していた財産(特有財産)から発生する配当金や不動産所得が相手方の収入に加算されるかが争点となった。原審は加算されないとしたが、抗告審は「特有財産からの収入であっても、これが双方の婚姻中の生活費の原資になっているのであれば、相手方の収入に加算される」と判断した(大阪高決H30.7.12)。財産分与では特有財産は対象にならないが、婚姻費用の計算は異なるというもので、注目される事例である。研究会においては更に相手方が資料開示に消極的である場合の対応について議論した。
別の1件は、90代男性が所有地を数十年前から親族に無償で貸し、親族が建物を建てて住居として使用していたところ、90代男性が土地を突然売却し、買主が親族に対し住居を収去して土地を明け渡すよう求めた事案である。無償の土地使用は、土地売買後は買主に権利として対抗できず、明渡しが認められるのが原則である。しかし、本件では、買主は、年相応に判断能力が低下した売主に対し、親族から住居建物を1億円で買い取ると説明しており、これを信じた売主は時価2億6000万円超の土地を6000万円台という破格の値段で売却した。しかるに買主は、建物買取を親族に提案することなく、巨額の経済的利益を保持したまま、2000万円を要する建物収去と、土地の明渡しを親族に求めたのである。裁判所は、原告の請求は権利の濫用により許されないとした上で、1億円の支払と引き換えならば土地の明渡しを認めるとした(東京高判H30.5.23)。6月の研究会でも不動産の暴利売買の事案が報告されており、注意が必要な時勢である。

第88回判例研究会

月1回の判例研究会は、2019/7/23で第88回となる。判例時報2400~2403号から4判例がレポートされた。
1事例目は、郵便関連業務に従事する期間雇用社員について、満65歳に達した日以後は労働契約を更新しない旨の就業規則の定めが労働契約法7条にいう合理的な労働条件を定めるものである等と判示(最判H30.9.14)。
2事例目は、73歳の高齢の被告人が普通乗用自動車(軽四輪)を運転中、宮崎市中心部の多数の車が往来する道路の歩道上を670mに渡って暴走して通行人6名に衝突させて死傷させた刑事事案である。この事故は、マスコミでも多く取り上げられたものであるが、検察側提出の「てんかんが事故原因」という鑑定意見が排斥され、認知症による事故であることが否定できないと判断し(宮崎地判H30.1.19)、注目された事例として報告された。
3事例目は、Aは、自動車購入にあたり自己名義では生活保護受給ができなくなると考え、弟Yに名義貸与を依頼して弟Yは承諾した。Aは、これにより自動車を購入したところ、事故を起こした。Aは、任意保険には未加入だったので、被害者XはYに対して、Yは自賠法3条の運行供用者に当たるとして請求。岡山地裁は、これを認めたが、広島高裁では認めなかった。最高裁は、広島高裁の判断を破棄して、差し戻した(最判H30.12.17)。逆転、逆転の判断となったが、研究会では、広島高裁の判決は、バランスに欠ける判断との意見で一致した。
4事例目は、共同相続人間においてなされた無償の相続分譲渡が民法903条1項で規定する贈与に当たるか、いう問題である。この事案に対して、高裁レベルでは、肯定説と否定説とがあった。否定説は、本事例の原審東京高判H29.6.22であり、肯定説は、別の高裁民事部(東京高判H29.7.6)などであった。このため最高裁判断が待たれていたところ、最判H30.10.19は、肯定する立場となった。相続における公平な配分を考えると、正当な判断である。なお、研究会では、贈与税の取り扱いは変わるだろうかとの質問がでた。この点については、遺産分割協議において、遺産を取得しない者がいる事例との対比、民法903条1項における特別受益としての贈与と民法549条における贈与とは、同一ではない、ことを理由として贈与税は課税されないではないか、の意見が多かった。

第87回判例研究会

月1回、外部弁護士を含め判例研究会を行っている。2019/6/24で第87回となる。判例時報2396~2399号から4判例がレポートされた。内1件は、兄妹間の争いであり、老人ホームに入居した両親と妹が面会をするのを兄が妨害することについて、被保全権利を「両親に面会する権利」として、妹が兄と老人ホームに対し妨害禁止仮処分を申立て、これが認められた事例(横浜地決H30.7.20)であった。ほかにも、認知症患者が行った低廉な任意売却について暴利行為による契約無効を主張して認められた事例(東京高判H30.3.15)など法的構成が参考となった。これらの判例につき、メンバー間で活発な意見交換がなされた。